大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)6047号 判決 1987年8月28日
原告
安藝秀二郎
ほか二名
被告
中国西濃運輸株式会社
主文
一 被告は、
1 原告安藝秀二郎に対し、三〇万六五三四円及び内金二七万六五三四円に対する昭和六〇年一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員
2 原告安藝ツタエに対し、三四六万六五三三円及び内金三一六万六五三三円に対する昭和六〇年一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員
3 原告近藤タカ子に対し、三四六万六五三三円及び内金三一六万六五三三円に対する昭和六〇年一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
二 原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、
(一) 原告安藝秀二郎に対し、九一一万九六六一円及び内金八三一万九六六一円に対する昭和六〇年一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員
(二) 原告安藝ツタエに対し、一〇八六万九六六〇円及び内金九九六万九六六〇円に対する昭和六〇年一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員
(三) 原告近藤タカ子に対し、八六六万九六六〇円及び内金七九六万九六六〇円に対する昭和六〇年一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの各請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故(以下本件事故という。)の発生
(一) 日時 昭和六〇年一月一七日午前四時四五分ころ
(二) 場所 大阪府東大阪市高井田本通五丁目六一番地先路上(国道三〇八号線上、以下本件現場という。)
(三) 加害車 大型貨物自動車(山一一う六〇〇八)
訴外亀井淳(以下訴外亀井という。)運転
(四) 被害車 自動二輪車(一大阪こ三六四三)
訴外安藝圭一(以下訴外圭一という。)運転
(五) 態様 訴外圭一が、本件現場交差点(以下本件交差点という。)の対面青信号にしたがつて東進中、加害車が同交差点を阪神高速道路から降りて西から南へ右折進行し(阪神高速道路から降りた車両は、同交差点を右折することは終日禁止されている)、被害車の進路前方を塞ぎ、その進行を妨害したため、被害車と衝突したもの。
(六) 被害 訴外圭一が死亡した。
2 責任原因
被告は、加害車を保有し、本件事故当時、その運行の用に供していた。
3 損害
(一) 訴外圭一の損害
(1) 逸失利益 三一一七万三九三六円
(イ) 昭和六〇年分
昭和六〇年賃金センサス一九歳(年収一八四万九六〇〇円)に基づく昭和六〇年一月一七日から同年一二月三一日まで。
184万9600(円)×349/365(60.1.17~60.12.31)×(1-0.5<生活費割合>)=88万4260(円)
(ロ) 昭和六一年分
昭和六〇年賃金センサス二〇歳(年収二四六万九二〇〇円)に基づく昭和六一年一月一日から同年一二月三一日まで、
246万9600(円)×(1-0.5<生活費割合>)=123万4600(円)
(ハ) 昭和六二年以降分
昭和六〇年賃金センサス二一歳(年収二四六万九二〇〇円)に基づく昭和六二年一月一日以降就労可能年数四六年間。
246万9200(円)×(1-0.5<生活費割合>)×23.534(46年のホフマン係数)=2905万5076(円)
(2) 慰謝料 九〇〇万円
(二) 原告らの損害
(1) 原告安藝秀二郎(以下原告秀二郎という。)の損害
(イ) 慰謝料 五〇〇万円
一人息子に先立たれ、生甲斐を失うまでに絶望し、将来の不安等は大きい。
(ロ) 葬祭費 八〇万円
(ハ) 弁護士費用 八〇万円
(2) 原告安藝ツタエ(以下原告ツタエという。)の損害
(イ) 慰謝料 四〇〇万円
訴外圭一を幼少の頃から我が子同様に愛情を注いで養育し、養子縁組をして法律上も母親としてその成長を期待していた。
(ロ) 弁護士費用 九〇万円
(3) 原告近藤タカ子(以下原告タカ子という。)の損害
(イ) 慰謝料 二〇〇万円
事情があつて原告秀二郎と離婚したものの、常に訴外圭一の健全な成長を念願してきた。
(ロ) 弁護士費用 七〇万円
4 権利の承継
原告秀二郎、同ツタエ及び同タカ子は、それぞれ、訴外圭一の実父、養母及び実母であるので、訴外圭一の権利を各三分の一宛相続により取得した。
5 損益相殺
原告らは、自賠責保険等から次のとおり支払を受けた。
(一) 原告秀二郎につき、被告から三〇〇万円及び自賠責保険から六九六万六六六六円。
(二) 原告ツタエ及び同タカ子につき、自賠責保険から各六五一万六六六七円。
よつて、原告らは、被告に対し、自賠法三条に基づき、本件事故による損害賠償の内金請求として、原告秀二郎につき、九一一万九六六一円及び弁護士費用を除いた内金八三一万九六六一円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和六〇年一月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告ツタエにつき、一〇八六万九六六〇円及び弁護士費用を除いた内金九九六万九六六〇円に対する右同様の遅延損害金の支払を、原告タカ子につき、八六六万九六六〇円及び弁護士費用を除いた内金七九六万九六六〇円に対する右同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は全て認める。
2 同2は認める。
3 同3は不知。
4 同4は不知。
5 同5は認める。
三 抗弁
加害車が本件現場で西行車両の通過待ちのため、停車していたところ、訴外圭一は、被害車を運転し、西から東に青信号にしたがつて走行していたとはいうものの、前方注視を怠り、かつ、ブレーキをかける、あるいは、進路をかえる等の避譲措置を全くとらないで、制限速度(時速四〇キロメートル)を超える速度で、加害車右側の後端部に被害車を衝突させたものであり、本件事故は、訴外圭一の自殺行為に等しい不注意が招いた自招事故であり、大幅な過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は否認する。本件事故は、訴外亀井の一方的過失によるものである。すなわち、
1 被害車の進行道路である東西の道路は、全幅員三三・四メートル、車道幅員二五・四メートル、対向各四車線の交通量の多い幹線道路である。そして、同道路に併行してその北側に阪神高速道路からの出口があるが、同出口からの車両の進行については右折が禁止されている。
2 訴外亀井は、加害車を運転し、右折禁止に違反して阪神高速道路の出口から右折し、国道三〇八号線を南に横断進行しようとした。
3 訴外圭一は、国道三〇八号線を西から東へ青信号にしたがつて走行していた。しかして、1記載の道路状況に鑑みれば、訴外圭一としては、信号を無視して交差点に進入する車両のあることを予見して運転する義務はないから、信号無視車両との衝突を回避するため、左右の安全確認義務や減速義務はないというべきである。
4 また、本件において、加害車が停車していたことをもつて、加害車の過失の減少事由とはなりえない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本件事故の発生
請求原因1の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 責任原因
請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条に基づき、後記損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
1 訴外圭一の損害
(一) 逸失利益 二二三一万二〇〇二円
成立に争いのない甲第六号証によれば、訴外圭一は、本件事故当時一九歳(昭和四〇年四月二〇日生)であつたことが認められ、昭和六〇年度の賃金センサス(産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計)によれば、同年度の一八歳ないし一九歳の男子労働者の平均給与額は、一か年一八四万九六〇〇円であることが認められるところ、同人は本件事故がなければ、一九歳から六七歳まで四八年間就労が可能であり、同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益の死亡時における額を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると二二三一万二〇〇二円となる。
なお、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六号証によれば、訴外圭一は、本件事故前、株式会社協同集配センターにアルバイト作業員として勤務し、昭和五九年一〇月から同年一二月までの収入として合計三四万五六〇〇円を得ていたことが認められ、これを逸失利益算定の基礎とすることも考えられないではないけれども、右はアルバイト収入であつて一時的なものと認められるから、本件においては、賃金センサスによる死亡時の年齢に対応する平均給与額を基礎に算定するのが相当である。また、訴外圭一は死亡時一九歳であるから、二〇歳男子労働者の平均給与額を算定の基礎にするのは相当でない。
184万9600(円)×24.1263×(1-0.5)=2231万2002(円)
(二) 慰謝料 八〇〇万円
本件事故の態様、訴外圭一の年齢等その他諸般の事情を考えあわせると、右額とするのが相当である。
2 原告らの損害
(一) 慰謝料 各二〇〇万円
本件事故の態様、訴外圭一と原告らの関係等その他諸般の事情を考えあわせると、原告ら各人につきそれぞれ二〇〇万円とするのが相当である。
(二) 葬儀費 七〇万円
弁論の全趣旨によれば、葬儀費は、原告秀二郎が負担したものと認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費は七〇万円と認めるのが相当である。
四 権利の承継
前記甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因4の事実が認められる。したがつて、原告秀二郎の損害額は一二八〇万四〇〇〇円、原告ツタエ及び同タカ子の損害額はそれぞれ一二一〇万四〇〇〇円となる。
五 過失相殺
1 いずれも成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、乙第二号証、証人亀井淳及び同大坪平八郎の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実が認められる。
(一) 本件現場は、東西に走る国道三〇八号線(制限速度時速四〇キロメートル、中央分離帯の設けられた対向各四車線、以下本件道路という。)と南北に走る道路(三車線)とが交差する信号機の設置された交差点内である。
(二) 本件道路の東行車線のうち、最も北側の車線は阪神高速道路からの側道(以下本件側道という。)となつていて、右側道を走行してきた車は終日右折禁止とされている。
(三) 本件事故発生時の本件現場付近はやや明るく、西から東への見通しは良好であつた。
(四) 訴外亀井は、阪神高速道路を降りて本件側道を西から東へ走行し、本件交差点に至つたところ、右折禁止であることは知つていたが、右折すれば早く営業所に着けることから、あえて右折進行しようとし、当時、東西の信号機が青色を表示していたので、西から東へ走行してくる車両のないことを確認した後右折を開始し本件交差点に進入した。そして、南へ進入しようとしたが、本件道路の西行車線には走行している車があつたので、加害車前部を中央分離帯の南側延長線上よりやや南まで進出させて加害車を停止させていた。右状態の加害車により、本件道路の東行車線は、北から三番目及び四番目の車線が本件交差点中央で塞がれることとなつた。本件事故が発生したのは、加害車が右状態で停止してしばらく後(約一五秒後)であつた。
(五) 本件道路の東行車線の北から四番目の車線を時速約五〇ないし六〇キロメートルで東進していた訴外大坪平八郎(以下訴外大坪という。)は、自己運転車両(以下訴外大坪車という。)とほぼ併行して北から三番目の東行車線を走行している被害車に、加害車停止位置から約一八一・四メートル西方で気付いた。訴外大坪は、併走している被害車に気付いた直後、本件交差点内に停止している加害車を自車前方約一七五・四メートルの位置に発見した。訴外大坪は、加害車発見後約一一八メートル進行して、北から三番目の東行車線に進路を変更し、約二一・六メートル進行した地点で本件事故の衝突音を聞いた。
(六) 一方、訴外圭一は、本件道路の北から三番目の東行車線を被害車を運転して東進し、青信号にしたがい本件交差点に進入し、ブレーキをかけたり、左転把したりするなどの衝突を避ける何らの措置もとらないで進行したため、加害車右側の後端部に被害車を衝突させた。
2 ところで、前掲証拠によれば、訴外大坪車が約一四五・六メートル進行する間に、被害車は約一七八・六メートル進行していると認められるところ、訴外大坪は時速約五〇ないし六〇キロメートルで走行していた旨証言するので、これによれば、被害車は約六一ないし七三キロメートルで走行していたものと認められる。また、右1で認定したところによれば、訴外圭一において、その進路前方を注視して走行していれば、すでに本件交差点内に進入して停車していた加害車をその前方約一七五メートル前後の地点で発見することができたはずである。ところが、右1で認定した本件衝突状況によれば、訴外圭一は前方注視を欠いていたため停止している加害車に全く気付かなかつたか、あるいは、これに気付いていたけれども、目測を誤まり、そのまま進行しても加害車と衝突せず、その北側を通過できると考えたため衝突を回避する措置を全くとらなかつたか、のいずれかにより前記のとおり加害車と衝突したものと認められる。しかして、前者であるとすれば、訴外圭一には、自動車運転者として最も基本的な義務である前方注視を欠いた過失があり、後者であるとすれば、その判断の重大な誤まりによつて、衝突回避措置をとらなかつた過失があるというべきである。
3 原告らは、本件事故は訴外亀井の一方的過失によるものであるとして、前記事実摘示第二、四記載のとおり主張するところ、本件が出合頭の衝突事故であるならば、その主張を採用すべき余地もあるけれども、本件の事故態様は右1でみたとおりであり、前提を異にするので採用に由ないものである。また、原告らは、信号無視の歩行者の場合、歩行者に八〇パーセントの過失が認められるのが通常であり、歩行者に比し何ら保護すべき事情のない本件の如き大型車においてはその過失割合がこれより大きくなるのは当然であるかのように主張するところ、原告らが右のように主張する「基準」(別冊・判例タイムズ第一号を援用するようである。)では、歩行者と車両の事故の場合は歩行車が被害者となる場合を前提にしており、そこで示されている率は双方の過失割合の率ではなく、過失相殺率のみを定めるものとされているのであるが、これをさておいても、歩行者のように対象が小さく、前方を注視していても運転者にとつて発見が必ずしも容易であるとはいえない場合においてさえ、青信号で交差点に進入し歩行者と衝突した車両の運転者に二〇パーセントの過失があるとされているのであるから、本件のように発見が容易な大きな物体が交差点に存在している場合には、前方注視義務との関係でいえば、これと衝突した車両の運転者には二〇パーセントを超える過失を認めてもよいと考えられる。したがつて、この点の原告らの主張も採用するに由ないものである。
4 右1によれば、訴外亀井には右折禁止に違反して本件交差点を右折しようとした過失があるところ、訴外圭一にも、右2でみたとおりの過失が認められる。そして、前認定した本件事故発生状況、双方の過失の内容、程度等その他諸般の事情を総合考慮すれば、訴外圭一の本件事故発生についての過失割合は二割を下回ることはないと認められる。したがつて、過失相殺として、原告らの前記各損害につき、それぞれ、その二割を減ずるのが相当である。
そうすると、被告において賠償を要すべき原告らの各損害は、原告秀二郎につき一〇二四万三二〇〇円、原告ツタエ及び同タカ子につきそれぞれ九六八万三二〇〇円となる。
六 損害のてん補
請求原因5の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。したがつて、原告らの右各損害額からそれぞれのてん補分を差し引くと、残損害額は、原告秀二郎につき二七万六五三四円、原告ツタエ及び同タカ子につきそれぞれ三一六万六五三三円となる。
七 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、各認容額等に照すと、弁護士費用として、原告秀二郎に三万円、原告ツタエ及び同タカ子にそれぞれ三〇万円を認めるのが相当である。
なお、被告は、損害総額三二〇〇万円とする示談の申入れを原告らになし、原告らにおいてこれを了承していれば本件は円満に示談ができていたのを原告側の内部事情で提訴するに至つたものであるから弁護士費用は認められるべきでない旨を主張するが、被告において、その支払あるいは弁済供託をなしていない本件においては、被告の右主張は採用しない。
八 結論
以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告秀二郎において、三〇万六五三四円及び内金二七万六五三四円(弁護士費用三万円を控除したもの)に対する本件不法行為の日の翌日である昭和六〇年一月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告ツタエ及び同タカ子において、それぞれ三四六万六五三三円及び右各内金三一六万六五三三円(弁護士費用各三〇万円をそれぞれ控除したもの)に対する右同様の各遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐堅哲生)